5年前から今日までの自分を振り返ってみて
皆さんこんにちは、こんばんは。スクラムライダーです。
今回は「5年前の今、自分は何をしていたのか」を振り返ってみようと思います。どうぞお付き合いください。
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癌治療の真っ只中だった5年前
5年前の今頃、私は癌治療の真っ最中でした。
当時は「このまま順調にいけば春には治療を終え、元の仕事に復帰できるだろう。復帰したら彼女と同棲して、いずれは結婚も……」そんな未来を思い描いていました。
しかし、その願いが叶うことはありませんでした。
もともと4クールで終わる予定だった治療は6クールに延び、さらに大きな手術を1回受け、その後も追加で2クールの治療を行うことになりました。入退院を繰り返す生活が続き、治療が終わるまでに約1年半弱の時間を要しました。
その結果、抗がん剤の後遺症として手足に末梢神経障害が残り、元の仕事に復帰することは難しくなりました。そして、退職という選択をせざるを得ませんでした。
リハビリの日々と、少しずつ戻る日常
退職後、半年ほどはリハビリに専念しました。
退院直後は、100m歩くことすらままならず、杖をついて歩く状態でした。歩いているだけで、何もないところでつまずくことも珍しくありませんでした。
それでも、半年が経つ頃には普通に歩けるようになり、500mほどなら連続して歩けるまでに回復しました。今振り返ると、あの回復は自分でも驚くほど劇的だったと思います。
社労士講座との出会い
体が少しずつ動くようになると、「これからどう社会復帰していくか」「どんな仕事をしようか」と考えるようになりました。
そんなときに出会ったのが、社会保険労務士(社労士)の講座でした。
病気の経験を活かせる資格を取りたいと思い、通い始めました。講座を通じて人間関係が少しずつ築かれ、人と話す機会も増え、徐々に社会との距離が縮まっていったように感じます。
また、週に1回、6時間座りっぱなしで講座を受けること自体が、体力づくりにもなっていたと思います。
A型事業所での再スタート
体力が戻ってきた頃、再び働きたいと思い求人を探し始めました。
その頃には障がい者手帳を取得していたため、障がい者枠で仕事を探していました。相談員の方から勧められたのがA型事業所でした。
「まずは1日4時間、基礎的なパソコン作業から始めてみよう」
そう思い、体験や面接を経てA型事業所に通所し始めました。
毎日、バス停まで歩き、決まった時間のバスに乗り、そこから事業所まで歩く――この一連の行動が、自然と体力づくりにもなっていました。
それまで手の痺れが強く、箸を使うことすら難しかったのですが、パソコン作業を続ける中で握力や手先の動きが戻り、普通の箸で食事ができるようになったときは本当に嬉しかったです。
研修型障害者雇用へ
A型事業所は長期間在籍する場所ではないため、通所から3か月ほどで再び仕事探しを始めました。
事業所の紹介で、「研修型の障害者雇用」として1年契約で雇ってもらえる職場に出会いました。
サテライトラボという形で、事業所は同じビル内の別フロア。通いやすく、生活リズムは大きく変わらないまま、実働時間が2時間延びました。
途中、持病による短期入院を挟みながらも、6時間勤務に体を慣らしていきました。
再び社労士試験へ、そして現在
契約期間が終了した後は、再び社労士試験に向けて勉強に集中しました。
はたから見れば「無職」だったかもしれませんが(笑)、自分にとっては必要な時間でした。
試験が終わると「まずは働こう」と決め、ハローワークに足繁く通いました。そして、今の職場であるスマートワークカインドと出会いました。
現在は1日8時間勤務でも体力的に問題なく働けています。規則正しい生活を送れていることもあり、体調も安定しています。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
今回は、ほとんど私自身の自分語りになってしまいました。
それでも、ひとつ言えるのは、
諦めずに、でも無理をしすぎずに生きていれば、人生は少しずつでも好転していくということです。
今日はここまで。
また次のブログでお会いしましょう。
〈文・構成 平江〉