卒業式。この桜が咲くのを見ることは、もう叶わない|二度と戻らない時間との惜別【鹿児島市A型事業所】
卒業式に惜別はつきものであると皆はいうが
当時の私にとっては、その意味があまり理解できていなかった。
会おうと思えば何時でも会えると考えていた。
それなりに青春を謳歌した私の考えは、いま振り返れば青かったのである。
そんな私であるからして。
式の思い出は、はっきりいってあまりない。強いて言えば
先生方が私の名前を呼び泣いてくださった。それだけは今でも覚えている。
だが、それだけである。当時の私は、どこまでも楽観的であった。
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式が終わり、クラスごとに教室でお別れの会というものが開かれた。
クラスメイトと保護者と先生。クラスメイトが即席で作られた小さな壇上に向かっていく。
そして、向きを変えこちらに深々と頭を下げ、学校と学生である自分に別れを告げていく。
今までありがとうございました。を結びの言葉にして。
一人また一人とその壇上を去っていく。いよいよ、私の番が来た。
先生たちが作ってくれた壇上に歩いていく。
道中の私の心境は、本当に卒業するんだという実感に支配されていた。
私は、「理解できなかったのではない。理解したくなかったのだ。」
ありがとうございますから始まり、私も同じように今までありがとうございましたと
クラスメイトと同様な挨拶を終えた。他になかったのかと、あなたは思うかもしれない。
だが、当時の私にとって、ありがとうの五文字以外にこの場に相応しい言葉など
存在しなかったのだ。
クラスメイトが結局お前も同じじゃないかと笑う。私もやっぱりそれ以外ないだろうと笑う
先生や保護者が目に涙を浮かべている姿を目の端に捉えながら、私たちは笑いあった。
「私は、いまようやく惜別することができたのである。」
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学校を去る道すがら、まだ蕾のままの桜を見つけた。
その咲く姿を見ることは、もう叶わない。そんな名残惜しさを抱きながら
私はふと空を見上げた。
そこには、雲一つない澄んだ青がただどこまでも続いていた。
≪文:P・N≫


