障害と共に生きる葛藤と再起。就労継続支援A型での挑戦と「自分を律する」生き方

葛藤と再起

 消えない葛藤と、それでも続く日常

 


「障害があったからこそ得られたものがある」 世の中にはそんな前向きな言葉が溢れています。しかし、現実はそう簡単に割り切れるものではありません。

私は思春期に脳の慢性疾患を発症しました。成長期の脳の変形が原因であり、今でも解決していないこの疾患は、私の人生を文字通り「狂わせたもの」です。

もしこの病気がなければ、わざわざ障害者雇用や福祉事業所という選択肢を迫られることも、薬の副作用に苦しむこともなかったでしょう。

本記事では、不登校や引きこもり、一般就労での挫折を経て、現在就労継続支援A型事業所のスタッフ候補として働く私が、いかにしてこの「ままならない人生」と折り合いをつけ、前を向こうとしているのか。その軌跡を綴ります。

1. 青春を奪った病魔と、空白の2年間

引きこもり

発症当時の医療は、今ほど新薬が進んでおらず、処方されるのは古い薬ばかりでした。その影響か、病気の症状そのものか、私は高熱にうなされ、学校に行くことすら叶わない「寝たきり状態」に陥りました。

中学から高校にかけての多感な時期、私は2年間の引きこもり生活を余儀なくされました。窓の外を流れる同年代の日常を、私は暗い部屋の中から眺めることしかできなかったのです。

しかし、中学二年生の時に「このままではいられない」と立ち上がり、不登校を脱して学校へ戻りました。そこから大学進学まで漕ぎ着けたのは、意地と、わずかな希望を捨てきれなかったからだと思います。

2. 就職氷河期の壁と、隠しきれなかった障害

いらないと言われているようで

大学卒業後、待っていたのは「就職氷河期」という厳しい現実でした。何十社もの試験を受け、競争社会の洗礼を浴びました。

ようやく一社から内定を得て一般就労に就きましたが、当時はまだ障害への理解が乏しく、私自身も障害を隠して入社しました。

しかし、隠し通せるほど現実は甘くありません。業務中に症状が出てしまい、結局それが原因でクビになりました。

社会から「お前は不要だ」と突きつけられたような絶望感は、今でも鮮明に覚えています。

その後、複数の福祉事業所を転々とする日々が始まりました。10年以上前に入所した最初のA型事業所では、身体に障害がないという理由で、清掃・ポスティング・農業といった肉体労働に回されました。

やりがいがなかったわけではありませんが、最終的に事業所がB型へ移行することになり、私は再び「居場所」を失いました。

3. コロナ禍での苦痛と、在宅ワークで見えた「繋がり」の価値

人との関わり

失業保険を受けながら何社も面接を受け、ようやく辿り着いたのが現在の「カインド事業所」です。

PC作業に打ち込む日々ですが、現実は甘くありません。案件は一過性のものが多く、コンスタントに続く仕事を得ることの難しさを痛感しています。

さらに追い打ちをかけたのが「コロナ禍」でした。在宅ワークへの切り替えは、私にとって非常に苦痛な時間でした。他人との距離を強制され、外食すらままならない生活

引きこもっていた頃の記憶がフラッシュバックするような閉塞感の中で、私は「やはり、人との関わりが必要だ」と再認識したのです。

現在は再び通所できるようになり、マスク着用などの自衛を欠かさず出勤しています。

職場で誰かと熱心に話すわけではありませんが、そこに「人がいる」という適度な緊張感が、私を律してくれています。

4. 障害をプラスには捉えられない。だからこそ「律する」

明るく生きろ

私は今でも、自分の障害をプラスに捉えることはできません。一生飲み続けなければならない薬、医療費、定期的な検査、そして周囲からの偏見や誤解。

精神障害は外見では判別がつかないため、健常者と同じ土俵で評価され、症状が出た時だけ「異質なもの」として見られます。

A型事業所の賃金と障害年金を合わせた生活は、決して楽ではありません。「明るく生きろ」と言われても、人並みの生活を送ることさえ困難な現状で、それはあまりに酷な要求です。

「どうすれば楽しく生きられるのか」 この問いに、まだ明確な答えはありません。カインド事業所に通うことも、生活のためだと割り切らなければしんどい日もあります。

しかし、何もしないまま一日を過ごすより、人の中で働き、役割を果たす。その「良い緊張感」こそが、私の人生を辛うじて支えている柱なのです。

「参考記事」

精神障害があっても安心できる社会【鹿児島市A型事業所】

 

5. これからの歩み:福祉を使い、自分を活かす

日本の福祉制度が今後どう変わっていくかは不透明です。しかし、今あるサービスを最大限に活用し、自分が少しでも生きやすい環境を整えることはできます。

現在、私はカインド事業所において、利用者から「スタッフ候補」としてのステップアップを提示されています。

仕事の幅が広がることは、大きなプレッシャーであると同時に、これまでの苦難を糧にする唯一の道かもしれません。

これからの目標は、この経験を活かし、自分を律する気持ちを持ち続けながら、少しでも前向きに生きていくことです。

そして人との関わりを大切にし、社会の一部として存在し続けること。それが、狂わされた人生に対する、私なりのささやかな抵抗であり、誠実な生き方なのだと信じています。

                                                                                      《文:ベルリン/画像:S.K》

【就労継続支援A型事業所 カインド】
 
【厚生労働省 精神障害について】

【鹿児島市市役所 精神障害についえ】







 

 

 

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